助けられ上手にも、やっぱり理由がある。
祖母は、1人で頑張ってきた人だ。
漁師だった祖父は、海にいることが多かった。
その分、祖母は一生懸命家を守ってきた。
今、リハビリもすごく頑張っている。
「自分で出来ることはやる」とよく言っている。
自分のためだけでなく、家族のために。
入院中はトイレに行くのも大変そうだったのに、
しんどいのに必死に歩いて回復してきた。
祖母が一人暮らしなのを聞いて、
多くの人がリハビリに手厚く付き合ってくれたらしい。
そうやって祖母は、意地でたくましく1人で立ってきた。
一方で、全てを「1人」でなんて難しい。
祖母は、外の人にちゃんと助けてもらう。
SOSをちゃんと出し、オープンに話すから。
全てを人にぶん投げる訳でなく、
「出来る限り自分でやろうという意志がある。
そして、出来ないことを「助けて」という」
そういう線引きがあるから
助けようと、人も動いてくれる。
もう一つ、近くていたら見えてきたことがある。
助けてもらったことを当たり前にしない。
祖母は、お礼に「気持ち」を乗せる。
例えばタクシーの運転手さんが、
買い物に行って待っててくれたりする。
そしたら、その分飲み物を渡したり
お釣りを取っておいてもらったりする。
確かに相手に通常のプラスアルファをし続けてもらうことは、
犠牲的であり不満がたまることでもある。
言葉でのお礼だけじゃなく、
今自分のできる「気持ち」を乗せる。
だから心地のいい循環がうまれるんだと、横で見ていて思った。
助けられ上手には、やっぱり理由がある。


